六田知弘

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トピックス

写真家・六田知弘の近況 2020

展覧会や出版物、イベントの告知や六田知弘の近況報告を随時掲載していきます(毎週金曜日更新)。

過去のアーカイブ

2020.12.25 蛍石
蛍石

奈良の橿原の家で窓ふきをしながらふと庭の片隅に目をやったら、見覚えのある石が目に入りました。大きな蛍石の塊です。長辺が20㌢以上はあるでしょう。私が御所の生家で祖父と二人で生活していた十歳のころにどこからかもらってきたという記憶があります。

私は小さな頃から石が好きでした。夜、電気を消して、蛍石のかけらを火箸に挟んでプロパンガスのコンロの火で熱すると、火を消した後でも蛍石はポーッと青白く光りつづけるのを不思議なきもちで見ていた記憶があります。

しかし、この蛍石はあまりにも大きく立派なので、砕くのはいけないような気がして、そのままの状態で引っ越してきた橿原の家の庭に放っておいたのだと思います。ホースで水をかけて付着した土を取ってやると、白濁した青緑と紫が少し混ざった潤いのある半透明のきれいな石肌がでてきました。それは、確かに幼き頃にこの目で触った肌でした。

「方丈記」を時間をかけて読み終えました。最後の最後のところで、何か判らぬものにバカンと頭を強打された感じで、一瞬息ができなくなりました。 本当にこの部分は鴨長明自身が書いたのでしょうか?もしそうなら私が今まで冒頭の「ゆく河の流れは絶えずして、、。」というフレーズにいだいていた「方丈記」そのもののイメージを改める必要があるようです。

今年のトピックスもこれで終わりです。一年前には思いもしなかったたいへんな年でした。さて来年はどうなるのか。

新しい時代の、良き幕開けの年となりますよう、祈るばかりです。(六田知弘)

 

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2020.12.18 富士の雲
富士の雲

京王線の高幡不動駅から自宅に帰るために高幡不動の裏山をのぼっていると、山の端に落ちつつある太陽と黄金色の空を背に富士山が鮮やかなシルエットになって見えました。頂上付近には、ひとつの雲がまるで噴煙のようにかかっていました。もしかしたら雪煙かなとも思ったのですが、写真を撮っている間に、その雲は北から南に流れていったので雪煙ではなく、普通の雲なのでしょう。それにしても絶妙の場所にかかったものです。

今は、奈良に来ています。昨日の午後は、一月ぶりに施設にいる母に会いました。コロナ対策で窓越しの面会にしてもらいました。母は2~3ヶ月前に入院していた時は、もうお別れを覚悟していたのですが、今は、ソーシャルワーカーの方にうながされると、般若心経も唱えることができるまで回復しました。窓越しなのでその声は微かにしか聞こえないのですが、思わず私もうろ覚えの般若心経を母の口元に合わせて唱えていました。なにかと閉塞感を感じている時に、嬉しいひとときをいただきました。

今、『方丈記』を読んでいます。「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例しなし。・・・」平安末期の途方もない災禍のなかで、自らの目で見据えて書かれた文章に、今を重ね合わせて、この時代を自分はどう生きるのか、考えてみようと思います。(六田知弘)

 

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2020.12.04 虹雲
虹雲

朝、いつものように玄関先で気功ストレッチをしながら空を仰いだら面白い雲が出ていたので、ストレッチを中断して、カメラを取り出し、しばらく雲を撮っていました。初めのうちは白い帯状の雲の中に大砲で雲を突き破ったような大きな穴がボカンと空いたようなものだったのですが、そのうち小さな穴が7-8個銃弾のように空いているものに変わっていきました。この雲については巷で随分話題になったようで、その日の夜9時のNHKニュースでも取り上げられていました。
まあ、確かにそれは目を引くものだったのですが、、、。
その穴の空いた雲の横の方が虹色になっている事に気づきそれを撮ったのがこの写真です。
穴が空いた雲も虹色に光る雲も今まで何度か見た事があるので多分そんなに珍しい現象でもないのでしょうが、コロナで社会的に不安感に覆われている中、地震雲じゃないか、何か悪い事の予兆じゃないかと、多くの人が思ってマスコミに写真を投稿したのでしょう。
コロナのワクチンもまもなく接種が可能になるようなので、この閉塞感からもそう長くない将来に解放されるはず。そこまでもう少しの我慢です。(六田知弘)

 

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2020.11.27 鹿の声/写真展『地空の間』
鹿の声/写真展『地空の間』

今、京都から金沢行きの特急列車の中でこれを書いています。
2週間ほど奈良にいて、これから金沢のアート玄羅で開催される私の写真展『地空の間』に行くところです。添付のものは展示作品のひとつ、台湾で撮った水面に映る蓮の写真です。
奈良にいる間はほとんど吉野の仕事場に泊まって毎日のように村や山中で写真を撮っていました。
ある夜の事、床についてウトウトとしかけた頃、近くを流れる川音に混じって、ピーッ ピーッという甲高い声が聞こえてきました。あれは鹿の声に間違いない。そう夢うつつの中で思いながらそのまま寝入ってしまいました。
そして、次の日の夕方、近くの六田という集落の奥の方の杉に囲まれた薄暗い林道を歩いていると、脇の斜面でガサガサという音をたてるものがありました。驚いて見上げると大きな鹿が3頭ほど白いお尻を見せて駆け上がっていくではありませんか。そして、すっかり姿が見えなくなったところでピーッと一鳴き。
それにつられて思わず私もピーッという声をあげてしまいました。そうすると、それに応えるかのように鹿の方がまたピーッと。嬉しくなって私も再びピーッとやると今度は1分ほどの沈黙の後、遠くの方からピーッと返してくれました。
吉野の山中で写真を撮っていると、自然とその中で延々と続いてきた人の営みとが作り出したのであろう独特のエロスの匂いを漂わせた気配というか不思議なエネルギーのようなものが私を包み込んでいるのを感じます。そんな中で、さてどんなものが写ってきてくれるのか。楽しみです。(六田知弘)

 

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2020.11.20 吉野より
吉野より

吉野の仕事場の窓から見える黄色く色づいた欅の葉も久しぶりの雨を受けてしっとりと落ち着いています。
昨日までは秋晴れが続き、毎日、吉野の奥の方まで行って撮影をしていました。まだまだ周縁部を手探りしている状況で、対象自体がそう簡単には私を受け入れてはくれないですが、そんな事は当たり前、いつもの事なので、ただ焦らずにシャッターを押し続けることしかありません。
ところで、来週の金曜日27日から12月25日までのほぼ一月間、金沢のアート玄羅で『地空の間』という写真展を開催します。私は初日の11月27日から、28日、29日の3日間は在廊します。
コロナの状況がまた深刻になってきましたが、もしお近くにお越しの際は是非お立ち寄り下さいますように。
と書いているうちに、窓から日光が差し込んで来ました。外の欅も濡れた葉を煌めかして風に揺れています。(六田知弘)

 

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2020.11.13 色づく街
色づく街

久しぶりに施設にいる母に会うことができました。約二ヶ月ぶりです。前回は、面会した翌日に誤嚥性肺炎になって、救急病院に運ばれてもうこれでお別れかと慌てましたが、なんとか持ち直してくれて、今は施設にもどっています。
すっかり認知症が進んで、アクリル板越しに私が呼びかけてもこちらを向いてくれませんが、ソーシャルワーカーの方が、「りんごの唄」を歌うとそれに会わせて母も一緒に歌います。「紅いりんごに唇よせて〜」。
コロナ禍の前の今年1月頃に会ったときには「般若心経」を流れるように唱えることが出来たのですが・・・。まあ、生きていてくれているだけでありがたい。

最寄りの駅と施設との間の街路樹は、今が紅葉真っ盛り。イチョウや、桜や、メタセコイヤ、そして名前を知らない落葉樹が、赤や黄色に鮮やかに色づいて、秋の深い青空を背景にきらきらと輝いて風に振るえています。なかでも午後の日差しを受けたナンキンハゼの鮮烈な紅色の連なりは、「インドラの網」を思い出して、なんだかとっても目に浸みました。(六田知弘)

 

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2020.11.06 『東京国立博物館の至宝』
『東京国立博物館の至宝』

8年越しの苦労作『東京国立博物館の至宝』が遂に出ました。
印刷所から出来たばかりの本が送られてきてからも、丸一日はダンボール箱を開ける気にならず、到着から2日目の夜、意を決して箱を開いたものの、5冊ずつ包んである紙を破っただけで手にとってページをめくる事なくそのまま寝てしまいました。
ゆっくりページを繰ったのは次の日の朝食後。何度もページを繰り続け、気がつくと2時間経っていました。そして、どっと力が抜けて、あとはボーッと痴呆状態。それが今まだ続いています。精も根も尽きてしまったのかもしれません。
今年2月に出した『仏宇宙』とともに私の全身全霊を傾けて大いなる被写体と向き合い臨んだ仕事です。
この本は博物館のショップはもちろん、一般の書店やAmazonなどでも購入できます。是非お手にとってご覧いただきたいです。(六田知弘)

 

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2020.10.30 長生きのスッポン、『東京国立博物館の至宝』間もなく出版
長生きのスッポン、『東京国立博物館の至宝』間もなく出版

秋晴れの午前中、冬眠間近のスッポンの水槽の水を替えてやりました。このスッポンは我が家に来てから既に20余年。息子が幼稚園に行っていた頃からこれまでに数えきれないほどのさまざまな生き物を飼ってきましたが、今でも生きているのは近くのスーパーで千円で買ってきたこのスッポンだけ。
それにしても透明な水を通して見るスッポンの顔は何と精悍なのでしょう。特にその澄んだ瞳と鋭い眼差しは見ていて羨ましく思うほど。20歳のスッポンは人間の年齢にすると何歳なのか、もう既に私の歳は過ぎているのでしょうけれど・・・。

ところで話が変わりますが、今日、明日のうちに『東京国立博物館の至宝』という本が出版されます。これは、膨大な数の東京国立博物館の所蔵品の中から東博のそれぞれの分野の研究員の方々の助言を得ながら選んだ名品150点を、全て私が撮り下ろした作品集です。企画の立ち上げから足掛け8年、撮影だけでも3年もかかりましたが、東博の全面的な協力を得て無事上梓の運びとなりました。
今日のうちには私の手元に何冊か届く予定ですが、それを手に取るのがちょっと怖い気もしますが、楽しみです。
この本の事についてはまた来週のトピックスで詳しくお伝えさせて頂くことになると思いますが、これまでにある名品図録とは一味も二味も違うものになっているはず。東博のショップだけではなく、一般の書店でも販売されるので是非お手にとってご覧頂きたいです。(六田知弘)

 

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2020.10.23 吉野水分神社
吉野水分神社

先日、吉野山に上り、吉野水分神社(よしの みくまりじんじゃ)に参ってきました。
私は吉野山を訪れる度に、この水分神社に参ります。水分神社は修験道の大本山 金峯山寺の蔵王堂から延々と坂を登り続けること40〜50分。景色を眺めながらゆっくりと登り、シャツが汗で濡れてくる頃に楼門が見えてきます。石段を上って門をくぐると、拝殿、弊殿、本殿が奥に向かって細長いコの字型に配置されているのですが、その空間に一歩足を踏み入れた瞬間に、不思議な気配を強く感じます。これは、他の神社では(少なくとも私には)感じたことがない、独特の感覚です。ここに来る度に私はいつもこの気配を作り出すのは何なのか考えながら決して広くはない境内で1時間ほど過ごすのですが、結局わからないままです。ただなんとはなくですが、女性性というか母性性というか、男子にはわからない感覚と関係しているのではと推測はしているのですが・・・。
ところで、この水分神社の境内で私が訪れるごとに撮るものがあるのですが、それは拝殿の細長い縁側にある柱とその内側の廊下を挟んだ障子をいれた斜めからのアングルです。
ここだけは、下手な修復工事などはしてほしくない。神様がこの廊下を渡られる。そんなふうに感じるものですから。(六田知弘)

 

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2020.10.16 吉野川
吉野川

二週間ぶりに吉野の仕事場に来ました。今、吉野川の河原の石に座って、向かいにある地元のスーパーで買ったおにぎりと麦茶を食べながらこれを書いています。今日の天気予報は曇り時々雨だったけれど、それは外れて、秋の透明な光のなかを心地よい風が川面をかすめていきます。トンビが高く飛び、二羽のハクセキレイが並んで川の上をアクロバット飛行で舞っています。
そして横のプールのようになった水だまりには大きな鯉が一匹。まるで幻のようです。
まだ部屋は段ボールの山ですけど、明後日は天気も良さそうなのでカメラを持って山の奥まで行ってみるつもりです。(六田知弘)

 

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2020.10.09 水面の網
水面の網

今は、東京に戻っていますが、ここのところジャケットなしでは少し寒さも感じるようになりました。
東京に戻ってからは仕事と雑用に追われて落ち着いて写真を撮っている時間もなかったので今回は戻る前日に撮った写真にします。
その日は朝からずっと秋晴れで、吉野の仕事場の前を流れる吉野川の水もすき通り、日の光が川面の揺らめきを川底の石に網目のように映し出して煌めいていました。
子供の頃はこういうのをよく見てましたが、東京に住むようになってからはほとんど見ることがなくなった事にあらためて気づきました。
コロナの影響もあって、社会全体も、もちろん私自身も閉塞感を感じる日々が続いていますが、この煌めきを眺めているだけで、なんだか心が洗われるような心地がしました。(六田知弘)

 

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2020.10.02 吉野川の橋上から
吉野川の橋上から

仕事場を藤野から吉野に移して一週間が経ちました。まだまだ荷物は片付かず、落ち着かないのですが、それでも段ボール箱を入れない一スペースだけは確保して、そこで、パソコンに向かっての仕事をしたり寝起きをしたりしています。嬉しいことに、夜はよく眠れ、デスクワークも次々と片付きます。めんどくさがりやの私がこんなに仕事を捗らせることができるのは、おそらくこの部屋と環境のせいでしょう。部屋の窓から見えるのは、ケヤキの大木と竹林とその隙間から見える(吉野川の)対岸の2〜3軒の家、そして、斜め遠方に見える六田の家並みだけ。ほとんど緑一色です。そして、聞こえてくるのは、吉野川のザーーーという流れの音と、木々の葉を揺する風の音、そして小鳥の鳴き声だけです。いや、あと近鉄吉野線の電車の通過音が時々ありますが、これは私には気になりませんし、返ってその刺激が引きこもり防止にも役立つように思います。(笑)
まだ、本格的に撮影に入る体制は整ってはいませんが、藤野の時と同じように、午後には、カメラを持って近くを歩きます。天気の良い夕方には、吉野川にかかる橋の上から赤く染まった空を背景に、くっきりと金剛山の山並みがシルエットに見えます。あの金剛山とそれに続く葛城山のふもとの御所(ごせ)というところで私は生まれました。そして、今、写真を撮っているこの吉野で私の先祖たちが生きていました。(そういえば役行者(えんのぎょうじゃ)が、金剛山(葛城山)から吉野に、橋を掛けようとしたという伝説がありますが、こうしてみると意外と遠くないので、そんな伝説ができても不思議ではないように思えます。)
実のところ、なんでここに来ることになったのか私自身あまりはっきりとはわかっていないところがあります。そしてこの地でどんな写真を撮る事になるのか(あるいは撮らなくなるのか?)とんとわからないというのが正直なところです。なんとも頼りないのですが、でも私が写真を撮るときはいつもこんなもの。
さて皆さんにどんな写真を見ていただくことになるのでしょうか。乞うご期待を。(六田知弘)

 

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2020.09.25 吉野の雨
吉野の雨

神奈川県の藤野から奈良県の吉野に仕事場を移しました。今、私が先に現地に入り、荷物の到着を待っているところです。生憎の雨になってしまいましたが、濡れてはいけない荷物は、特大のビニール袋を被せているので大丈夫なはず。
さてこれからバタバタと運び込みの作業に入ります。(大量の額縁とプリントなどで一杯で、なんと20トントラックでの輸送となりました。)
というわけで今回はゆっくりと書けませんが、また落ち着いたら徐々にこちらの様子もご報告します。
こう書くと完全に奈良に移り住むと思われるかもしれませんが、東京には自宅があり、月のうちの半分はいますので。念のため。
写真は吉野の部屋から見える雨に煙った景色です。私のルーツはおそらくこの辺りなのでしょう。因みに最寄駅は近鉄吉野線の六田(むだ)という駅です。(六田知弘)

 

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2020.09.18 縄文写真
縄文写真

昨日、静岡県伊東市にある池田20世紀美術館で開催中の小川忠博写真展「縄文」を考古好きの友人と見に行ってきました。
小川さんといえば縄文土器の展開写真です。会場の最初の壁面には幅5〜6メートルくらいありそうな特大のパネルが二枚。そのいくつもの渦巻きをみていると、まるで透き通った水が流れる川底にぴったりと仰向けになって張り付いて川面にできる渦を下から眺めているような、浄化された、何か生命の根源的なゆらぎというか、うごめきのようなものを強く感じ、ある種の戦慄のようなものさえ私の体の中を走りました。
そして、それに続く百数十点におよぶ写真を巡っていると、それぞれの土器や土偶や石製品たちがまるで、自分のポートレイトを「撮って、撮って。」とせがんでいて、それに小川さんが「いいよ。」と微笑みながら答えて撮っているような。なんという眼差しでしょう。なんだか見ているうちに胸が熱くなってしまいました。写真を見て、こんな素直な気持ちになれるのは、本当に久しぶりのような気がします。

いよいよ来週、藤野の仕事場を奈良に移し、拠点を東京と奈良との二箇所にします。コロナがなかなか収まらず、不自由なことが生じることも予想されますが、今が私の人生のリセットの時。さてこれからどんな写真を撮ることになるのか私にもわかりませんが、皆さん、楽しみにしていてください。(六田知弘)

 

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2020.09.11 異界の崩落
異界の崩落

今日は朝から真っ青な空で気持ちよかったので仕事場の近くをカメラを持って歩きました。藤野にいるとき毎日のように夕方に歩くコースなのですが、朝に歩くのは初めてです。光が随分違うものです。
たわわに実った栗の木や、ミョウガやニラ、栗、かぼちゃ、そして生姜などが無人の野菜販売台に並んでいるのを見ながら、相模川の支流の谷にかかった橋の手前まで来たときに目に入った「この先崩落の為全面通行止」の立て看板。
橋の手前から谷に沿って回り込む細い道の先には、これまでにも何度かこのトピックスで紹介した、まさに「異界」と言えるような摩訶不思議な気配を強く放つ切り立った崖のある特別な場所があるのですが、そこがここのところの大雨で崩落してしまったということなのでしょう。もうあそこには行けません。これには結構衝撃を受けました。

突然ですが、今月の下旬に仕事場をこの藤野から奈良県の方に移すことにしました。自宅は東京にありますので、これからは東京と奈良とを行き来することになります。
ここ2〜3ヶ月ほど前から藤野のこの崩落した崖やその近くの日連神社のあたりを毎夕歩いているときに、何故だか無性に奈良のほうに引っ張られる力を感じてきました。それは、私の人生にとってどういう意味を持つものなのかわかりませんが、佳き導きと信じて、いまはあがなうことなく、その力に従おうと思っています。(六田知弘)

 

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2020.09.04 ツクツクボウシ
ツクツクボウシ

珍しく夜明け頃に起きだして、ヒンヤリとした空気の中を歩いていたら、相模川の支流にかかる橋の欄干の隅っこのコンクリートの上にツクツクボウシが一匹落ちているのを見つけました。透き通った翅を通して、コンクリートの表面に生えた地衣類がまるでだまし絵の様に見えます。この透明な翅もやはり敵にその存在を気づかなくさせるある種の擬態とも言えるのかもしれません。
それにしてもその姿に私は妙に惹かれるのは、何故なのでしょう?
今、ここに、このものが、こういう姿で「存在する」ということの不思議。
写真を撮り始めて40数年、この不思議感をずっと持ち続けて私は写真を撮り続けてきたように思います。

落ちているツクツクボウシの写真を撮って、それを掌に載せて撮ろうと思って背中に触れた途端、そいつは私の指先を弾くように、勢いよく飛び去っていきました。もう死んでしまっていると思っていた私には、その羽ばたきの風圧は、なんだか夢から覚めたような心地よい感覚でした。(六田知弘)

 

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2020.08.28 入道雲
入道雲

先日から入院している母の具合を知るために奈良に行くのに高幡不動の裏山を駅に向かって歩いていたら、木々の間から入道雲が見えました。
この季節には珍しい深い紺碧の空を背景に真っ白に輝く塊からは、なんだか妙に宇宙の「気」の流れのようなものを感じました。風景の中にこんな感じを受けるのは久しぶりのように思います。
コロナを契機に世の中が大きく変動しています。その中でどういうふうに自分という存在を位置付けていくのか、濃霧の中、先が見えずにすごく不安ではあるのですが、霧の向こうに何か新しい光景が開けていると信じて今はやるべき事を焦らずにやり続けていくしかないのだ、と白く輝く入道雲を見ながら思いました。(六田知弘)

 

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2020.08.21 アキアカネ
アキアカネ

朝起きて、カーテンを開けたら目の前を数匹のトンボが右へ左へと飛び交っていました。おそらくアキアカネでしょう。お盆が過ぎてもまだまだ辛い猛暑日が続きますが、アキアカネを見るともう少しの我慢だと思います。
ところで、この写真は今朝最初にシャッターを押した時に撮ったものですが、よくピントが合ってくれました。そのあとに、もっといい写真をと何度もシャッターを押したのですが、ピントが合ったのは最初のこの一枚だけ。意識するとだめなんですね。

話が変わりますが、私が38〜39年前に暮らしていたヒマラヤのシェルパの村に住むMonju SherpaさんがFacebookで私のことを取り上げてくれました。よかったら覗いてみてください。ちなみにこのMonju Sherpaさんは、私がお世話になっていたカミ・スンドゥの息子さんで、彼がまだ赤ちゃんのとき、子守をしていて(その頃はオシメもなかったので)よくおしっこでズボンを濡らされたものです。(笑) (六田知弘)

 

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2020.08.14 アサガオとギフチョウ
アサガオとギフチョウ

アサガオの花が綺麗に咲きました。
知人にもらった3種のうちのひとつ、ブラックナイトという品種です。ただ、最初に咲いた花の写真をその知人に送ったところ、これは他の品種と交雑したもののようだとの返信。花の縁がフリルのようになっていて、葉の先が尖っているのが純粋種と違うところなのだそうです。そして一般的には交雑種には種ができないとのこと。
アサガオを育てるのは小学生以来の私にとっては、そんなものかと思うだけで、ただただ真夏の朝の光を受けたその花が綺麗に咲いてくれただけで久しぶりに嬉しい気持ちになりました。

それともうひとつ。藤野の仕事場の近くの石山(京塚山とも呼ばれる)の頂上には一つの丸い大きな石があります。多分この石があるので石山と呼ばれるのでしょうが、先日の晴れた日の夕方、その石に木漏れ日が揺れているのを撮っていた時、その木漏れ日の中をなにかの影が通り過ぎたかと思うとカメラを構えた左手に柔らかいものが一瞬触れました。驚いてファインダーから目を離してみると二匹の黄色と黒のストライプの蝶がくるくる回りながら向こうのほうに飛んで行くではありませんか。あれはまさしく幻のギフチョウ。なんだか無性に嬉しい気持ちになって山をおりました。(六田知弘)

 

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2020.08.07 タマムシ / 『仏宇宙』オリジナルプリント
タマムシ / 『仏宇宙』オリジナルプリント

長かった梅雨も八月に入ってやっとのこと明けました。暑いけれど、カラッとした風が吹き、コロナの拡大で重かった気分も少しだけ軽くなった感じがします。
先日、仕事場の湖に面した窓の外を見ていたら、目の前を緑に輝く前翅を広げて一匹のタマムシが飛んでいきました。ここにもタマムシがいるのだ。嬉しくなりました。
そして、昨日の夕方に、近所の京塚山(石山とも呼ばれる)に登り、反対側に下りた道端に美しいタマムシが落ちているのを見つけました。手に取ると、まだ生きているのではないかと思うほどツヤツヤとエナメル質に輝き、手触りもなんと滑らかなことか。手にのせたまま、スマホで写真を撮りながら、タマムシの翅の色はいつまでたっても色あせないから法隆寺の玉虫厨子にも使われたのだ、とどこかで読んだことを思い出し、いつか玉虫厨子を撮ってみたい。特に、捨身飼虎の場面を。なんてボンヤリと考えていたら、後ろから来た一人のおじさんが、何を見つけたのですか?と声をかけてきました。私の手元を覗き込みながら、「ああ、タマムシですね。去年は、この近くで一本の木が倒れて、そこから大量のタマムシがでてきましたよ。あれには驚いた。」とのこと。多分タマムシの幼虫の大好物のエノキの木でしょう。この辺りにはまだまだいるのですね。

さて、先週に続いてのお知らせですが、私のホームページにoriginal printのコーナーを設け、写真展「仏宇宙」に展示した作品のオリジナルプリントを期間限定で販売させていただくことになりました。本日からはアジア編も加わりましたので、どうぞのぞいてみてください。(六田知弘)

 

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2020.07.31 『地の記』/ オリジナルプリント
『地の記』/ オリジナルプリント

・・・
ここのところ、パソコンに向かって写真の整理をすることが多く、気分転換にと思って夕方に2時間あまりの散歩を兼ねた撮影をし、夜には昨年に買っておいた高村薫の長編『地の記』を読んでいて、数日前に読み終えました。
(私は普段それほど小説は読まないのですが、)久しぶりに残りのページが減っていくのがさみしい、もっと続いていて欲しいという気持ちになる作品でした。
といっても、話の展開がさほど面白いというわけではありません。これほど物語性というか、ドラマ性というものがない小説は未だかつて私は出会ったことがなかった。でも何なんでしょう、読後のこの充実感と静かな高揚感は。
「存在」そして「生と死」という、ひとつの普遍的なテーマに対する描写の新たな地平を示された。そう門外漢の私にも感じられました。高村薫という作家の世界観(いや、宇宙観)とそれを表す筆の力に脱帽です。

ところで、話は変わってお知らせですが、この度、2021年6月30日までの期間限定で私の公式ウェブサイト muda-photo.comoriginal print というコーナーを設けて、先日まで開催していた写真展「仏宇宙」に展示した作品のオリジナルプリントを販売することにいたしました。興福寺さんの許可も得て、展覧会の日本編のメインとなった無著像や世親像の写真もご希望の方にお分けすることができるようになりました。プリントは展示していたそのものではなく、数種のサイズで私自らが新たに25点限定でプリントするものです。詳しくは、original printページをご覧ください。お知らせまで。(六田知弘)

 

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2020.07.22 「感ずることのあまり新鮮にすぎるとき・・・」
「感ずることのあまり新鮮にすぎるとき・・・」

・・・
感ずることのあまり新鮮にすぎるとき
それをがいねん化することは
きちがひにならないための
生物体の一つの自衛作用だけれども
いつでもまもってばかりゐてはいけない
・・・・    宮沢賢治「青森挽歌」より

自宅の片付けをしていたら、古い手紙に混じって、私がヒマラヤのシェルパの村で暮らしていた時に書いていた薄汚れてボロボロになったノートが五、六冊見つかりました。そのうちの一冊を開いてみたら、この宮沢賢治の詩の一節が目にとまりました。
ただそれだけで、前後に何も記されていないので、(日本から持っていった二冊の文庫本のうちのひとつの)岩波文庫版「宮沢賢治詩集」からこの一節を書き写したときの具体的な状況はほとんど思い出せないのですが、当時は電気もガスも水道もないシェルパ族の一家族と暮らしながら、東京から来た青年にとってはおそらく相当強烈な「感ずることの新鮮にすぎる」体験の連続の日々だったのでしょう。(なにせ、かの地では、こちらの世界と向こう側の世界との境界線があまりにもあいまいだったので・・・。)
あれから40年弱。さて、あの時の18ヶ月間が今の私にどう結びついているのかいないのか?(六田知弘)

 

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2020.07.17 雨の中
雨の中

藤野の仕事場にいる時は、夕方にカメラを持って近くを1〜2時間歩くのがほとんど日課の様になりました。
先日も小雨の降る中、相模川に繋がる深い谷のどん詰まりの崖の下に行きました。普段なら高さ20メートルほどの礫岩の岩肌をチョロチョロと水が伝い落ちる程度なのですが、その時は、最近の雨続きで写真の様に完全に滝になっていました。水の色は泥を含んで少しは茶色に濁っているのではと思いきや、さにあらんその白さにはちょっと驚きました。
しばらくそこで写真を撮っていると、私の横に何かがポツンと落ちてきました。何かと思って足下を見るとそれはネムノキの花。それまで気づかなかったのですが、あたりにはいくつもの花が雨に濡れた黒い岩の上に落ちていて艶やかな赤色の光を放っていました。(六田知弘)

 

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2020.07.10 断捨離?
断捨離?

コロナが東京を中心にふたたび増加して、加えて九州や岐阜などで大きな水害が発生し、なんとも気持ちが晴れきれない日々が続きます。こんな時こそ、断捨離をするのが一番と、(半強制的にではありますが、)少しずつ身辺整理をやっています。
自宅の大型プリンターの横に天井まで積まれた段ボール箱を開けていくと、出てくるわ。出てくるわ。もう30年前に箱に詰めたままの状態だった懐かしいものの数々。駆け出しのカメラマンのころの出版社での記念写真。フィルム時代の様々な撮影機器。子供が生まれる前に何度も通って撮っていた東海地方の大判のモノクロネガや大量の銀塩プリント。昔から大好きだったクレーや速水御舟の作品のポスター。息子が生まれたばかりの時にイタリアで買ってきたピエロの出てくる木製のオルゴール。今は亡き人たちとやり取りした手紙やハガキなどなど。そんなのを見つけては、いちいち感慨にふけっていると全然仕事が捗らないのはわかっているのですが・・・。
ああ、どれを処分するべきか、とっておくべきか、全く悩ましい。今までにはあまり経験したことがない?自分の過去との遭遇の時間です。
これも次に進むためのエネルギーをえるために必要なこと。ここは本気でやらなくては!(六田知弘)

 

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2020.07.03 クレーに乾杯!
クレーに乾杯!

再開された写真展「仏宇宙」も終わりました。おいで頂いた皆さま、本当にありがとうございました。
会場に来てくれた何人かの友人たちに、「せっかく良い展覧会なのに今回はコロナで多くの人に見てもらえないのが残念だね。」と言われました。でも、その時は、もっと多くの人に写真に撮った時の驚きを共有してもらいたかったとの思いはあったのですが、それより自分としては、これまで撮り続けてきた仏像の写真がこうして展覧会や写真集という形でまとめられ、これで次に行くための区切りにもなったので、正直なところ、まあ、仕方がない。という程度の思いでしかありませんでした。
しかし、作品撤去の日、電車に乗って東京駅に向かう途上、なんとも言い表しようのない無力感に襲われました。自分の写真人生ももうこれで終わりなのか・・・と。撤去作業に立ち会っている間もずっと気分は低空飛行。美術館との事後についての話し合いも別の日にしてもらうことにして、撤去後早々と引き揚げさせてもらいました。
そして、しばらく街で時間を潰してから、新装オープンのアーティゾン美術館に行きました。パウル・クレーの作品を見るために。
ブリヂストン美術館時代からのコレクションで、私が子供の頃から刺激を受け続けてきたセザンヌの「サント・ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」や青木繁の「海の幸」など懐かしい名品がずらっと並ぶコーナーで腹の奥の方がムズムズと少しずつ蠢きだすのを感じながら新蔵品のクレーの部屋へ。
そこで、一挙に私の腹のなかにある5つほどの拳大の珠のようなものがグリッ、グリッ、グリッ、グリッと自転しながら大きくうねり回るのを感じました。久々です。
思わず クレー万歳!!と(小さな声で)叫んでいました。(六田知弘)

 

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2020.06.26 天川、六田、法隆寺
天川、六田、法隆寺

写真展開催中にも関わらず、思い立って奈良に行ってきました。天川と六田と法隆寺です。今、帰りの新幹線です。
ここのところ何かわからないものに奈良の方に引っ張られている様に感じます。これからお前が撮るのはこっちだと。
さて実際はどうなるのか私自身にもわかりませんが、今はその流れに身を任せていこうと思います。

ところで東京国際フォーラム内の相田みつを美術館第2ホールで開催中の写真展「仏宇宙 アジア編」も残るは明日、明後日の2日となりました。私は両日とも11時から17時まで会場でお待ちしておりますので是非お立ち寄り下さい。

いきなりですが、ここでクイズをひとつ。添付の写真は今回奈良で撮ったものですがさてどこの何かお分かりになりますでしょうか?(六田知弘)

 

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2020.06.19 YURAGI
YURAGI

仕事場でいるときは、夕方になるとカメラを持って近くを歩きます。それが日課のようになっています。藤野はこれが都心まで1時間余りで行けるところとは思えないようないまだに山里の気配を濃厚に残したところです。そして大げさに聞こえるかもしれませんが、宇宙の「ゆらぎ」が鮮明に反映されている場所ともいえるかもしれません。
昨日は午後6時過ぎに仕事場を出てとっぷりと日が暮れた8時ごろまで、小雨が降るなか山際の道に沿って歩きました。前回書いた日連神社の手前にある深い谷の上にかかる橋の前後には、その谷を山の方からぐるっと迂回するように造られた細い道があるのですが、その一番奥にはなんというか、まるで異界のような不思議な場所があるのです。そこに行くのは、ほとんど黄昏時だということもあるのですが、別の世界に通じているトンネルの入り口に立ったような、引き込まれてしまうような、なんとも怖く、魅力に満ちた特別な「場=トポス」です。遠い昔(例えば縄文時代)には、この場でなんらかの祭祀が行われていたのではないでしょうか。そそり立つレキ岩の壁には20メートルはあろうかと思われる太い蔓が垂れ下がり、岩肌を水が流れ落ちています。そこに立つと、あるときはホトトギス、あるときはツツドリ、フクロウ、ウグイス、シジュウカラなどの鳥の声、それに混じって森に住むカエルの鳴き声が鮮やかに響きわたり、風が吹くと、木々の葉がざわめき、土砂の崩落によってせき止められてできたのか、幾本もの立ち木や倒木が浸かった沼の水面にさざ波をつくります。風がなくても透けて見える水底から時々ぷくぷくと泡が出てきて綺麗な波紋を作ります。全てが宇宙のゆらぎの欠片です。
「宇宙のゆらぎにシンクロ」してシャッターを押す。それしかないのかもしれません。

28日(日)まで東京国際フォーラム内の相田みつを美術館の第2ホールで写真展「仏宇宙 アジア編」を開催しています。三密の状態にはまずなることはありませんので、是非、お立ち寄りいただけますように。(私は土日は会場におります。)(六田知弘)

 

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2020.06.12 ゆらめき
ゆらめき

私の仕事場から20分ほど歩いたところに 日連(ひづれ)神社という鎮守社があります。初めてそこの近くを通りがかった時にその佇まいに不思議に強く惹かれるところがありました。
青々とした若葉をつけたモミジがテントのように枝を広げて、そこに午後の日差しがあたってふわふわとゆらめいています。その下で、小さな子供たちが四人ほど笑いながら走り回り、傍には彼らの母親らしき女性が三人、これまた楽しそうに立ち話をしています。
私も子供の頃、近所のお宮さんの森でかくれんぼや鬼ごっこをしたり、コナラの実でドングリ鉄砲をつくったりしてよく遊んだものです。神社には異界への窓が開いています。
この頃仕事場にいるときは、夕方になるとほとんど毎日カメラを持って近くを2時間ほど歩いているのですが、一週間のうちに2~3回はこの神社にお参りします。
拝殿の脇に、この神社のいわれのようなものが書かれたプリントがおいてあり、それによると、もともとここは、隣にある青蓮寺とともに、吉野の金峯山寺から移された蔵王権現を祀っていたとのこと、私が惹かれるのも然もありなん。わたしは修験道の祖であり、金峯山で蔵王権現を感得した役行者(えんのぎょうじゃ)と同じ奈良県の御所(ごせ)というところで生まれ育ったのですから。なにか面白い縁のようなものを感じます。

ところで、やっと東京アラートも解除されました。とはいえ、まだまだ行動には慎重さが求められますが、みなさん、よかったら再開された私の写真展「仏宇宙 アジア編」(相田みつを美術館にて6月28日まで)にもお立ち寄りください。今のところ、まず混み合うことはございませんので。
私は、土日には会場におりますので、よろしければお声掛けください。(六田知弘)

 

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2020.06.05 再開「仏宇宙 アジア編」一部アクリルを外しました。
再開「仏宇宙 アジア編」一部アクリルを外しました。

6月2日に再開された写真展「仏宇宙 アジア編」ですが、これを機に展示作品のうち、額のアクリル板を外せるものはすべて外しました。これまでは、作品の保護のために表面にアクリル板を付けていたのですが、結構写り込みがあって少し見難かったのですが、外すとマットの紙に顔料インクに出力したプリントの質感がぐっと増して、立体感もでて、たとえモノクロであってもまるで実物がそこにあるような錯覚を覚えるほどです。
今回アクリル板を外すことができたのは、インドネシアのボロブドゥールとカンボジアのアンコール遺跡群のものですが、その石の粒の手触りまで感じていただけます。これは、画像や写真集で見てもまず感じることができない、大型オリジナルプリントでしか得ることができないリアリティです。
私は、毎週土日は会場にいる予定です。お声かけいただければ説明もさせていただきますので、皆さん(マスク着用の上、)是非おこしください。お待ちしております。(六田知弘)

 

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2020.05.29 写真展「仏宇宙 アジア編」が6月2日より再開。
写真展「仏宇宙 アジア編」が6月2日より再開。

コロナのおかげで中断していた写真展「仏宇宙 アジア編」が6月2日(火)から6月28日(日)まで期間を延長して再開されることになりました。
このまま中止ということになるだろうと、ほとんど諦めていて、これからの行く末?というか、次のことばかり考えていたので、正直まだ現実感がありません。
しかし、3月4月の開催中に来たくても来ていただくことができなかった多くの方々に、アジア編だけですが、ご覧いただけることを嬉しく思います。
一般には公開されていない雲岡石窟の内部を自然光のみで撮影した「雲岡の部屋」をはじめ、ボロブドゥール、アジャンタ石窟、アンコール遺跡群、ミャンマーのバガンの寺院に描かれた壁画、慶州南山の石仏など、自然の陰影のなかに浮かび上がる仏たちの宇宙を観じていただきたいと思います。

緊急事態宣言が解除されたからといってまだ、全く油断はできません。美術館としても入口での検温やマスク着用のお願いや混雑時の入場制限など様々な対応策をとるとのことなので、ご無理のない範囲で、おいでくださいますこと、お待ちしております。私も土日の午後を重点的に、平日でもできる限り会場にいるつもりでおりますので、見かけられましたらお気軽にお声掛けください。マスクをして距離を置きながらのちょっと不自由な会話になりますが、直接ご感想などをお聞きできることを楽しみにしております。
なお、月曜日が休館日で、開館時間は、当面の間、11時より17時まで(最終入場16:30)ということですので、ご注意くださいますように。 (六田知弘)

 

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2020.05.22 ツチノコ?と遭遇
ツチノコ?と遭遇

ある日の夕方、雨のそぼふるなか、仕事場近くの山際の脇道を写真を撮りながら歩いていたら、足元に50センチほどの木の枝のようなものが落ちていました。よく見ると、それは蛇、それもマムシでした。一瞬ギクッとしました。夕暮れ時の薄暗い場所だったので、気づかずにそのまま歩いていたら、間違いなく踏みつける位置にいて、それこそ噛まれてあの猛毒で大変なことになっていたところです。 山を歩いているとマムシに遭遇することは時々あるので、すぐに落ち着いてカメラを構えてその長く伸びた姿を何カットか撮りました。その間、マムシはじっと動かずにいます。なんだかおかしいと思いながらファインダー越しに数分間見続けていたのですが、それでも全く動きません。それで、ちょっとこちらの方がしびれを切らして、マムシの頭の上で傘の先を動かしてみたら、ようやく面倒くさそうに体を丸めました。そしてまたその状態で、再び動かなくなりました。
写真を撮っているうちにこのマムシ、普通のものより随分胴部が太いことに気づきました。もしかして、昔話題になったツチノコは、こういう太ったマムシあるいはネズミなどを飲み込んだマムシだったのでは。そう思って、再びマムシをよく見ると、毒ヘビ独特のエラの張った三角の頭から首部が細まり、そこからぐっと太い胴部が伸びて、尾の先端間近のところでいきなりキュッとすぼまっています。からだの模様もツチノコの目撃者が描いた絵でもこんなのだったのでは。ますます私の頭の中ではツチノコ=太ったマムシ説が有力になってくるのでした。
後日、「ツチノコって知ってる」と言って息子に写真を見せると、即座にこれは妊娠している雌のマムシじゃないか、お腹に卵、あるいは(マムシは卵胎生なので)子供を持っているのでは、というのです。確かにあれだけ動きが鈍かったのは、そのせいだったのかも知れません。
マムシを踏まなかったのは、私のためにも、マムシのためにも幸いだったということです。(六田知弘)

 

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2020.05.15 賑やかな玄関先
賑やかな玄関先

藤野の仕事場の玄関先は、最近結構賑やかです。
というのは、コロナで学校に行けないためでしょう、近所の子供達数人がゲーム機やおもちゃをもって集まってきて、建物の入り口近くの階段のところで楽しそうに喋りながら遊んでいます。
それに加えてここ数日、階上の階段の踊り場のほうからは、チッ、チッ、チー、チーと姦しい声が響いて来るようになりました。なにかなと思ってみてみると、最上階の向かい合った部屋のそれぞれの玄関上に取り付けられたメーターボックスの上に一羽ずつ、若々しいツバメがとまって互いに鳴き交わしています。
しばらく見ていると、一方のほうが鳴きながらもう片方に向かって飛んでいくのですが、近づいてもなかなか相手の横の空いたスペースには留まることができず、ぐるっと踊り場の空間を旋回して、また、もといたメーターボックスの上に戻ります。そういうことを何度も繰り返しています。暖かくなって、日本にやってきたツバメが、ここで、巣を作ろうとしているのでしょう。留まっているのが雌でその前を飛び回っているのが雄でしょうか。
私は、部屋からカメラを持ってきて、しばらくその様子を撮っていたのですが、そうこうしているうちにどこからともなくもう一羽のツバメが入ってきてなんだかややこしい関係に。留まって動かなかった一羽も加わって、狭い空間を騒がしく鳴きながら飛び回ります。おそらくこんなことがあと数日繰り返されて、そのうち落ち着き、巣をつくり、やがて、雛が生まれて・・・。 そんな様子を写真に撮るのも楽しみです。だだ、玄関ドアの真上に巣を作られると、糞が玄関先に落ちてきて住人にとってはちょっと困ったことになってしまいそうですけれど。(六田知弘)

 

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2020.05.08 牡丹の花びら 緑のトンネル
牡丹の花びら 緑のトンネル

仕事場のある藤野はまだまだ昔の山里の面影が残っているところで、カメラを持って毎日のように近辺を歩いています。
この頃は、山裾の斜面にある畑の納屋の横に植わった牡丹を見つけて、そこに通って撮影しています。この牡丹を見つけた二週間ほど前は、花の真っ盛りで、1つの株から20ほどの小さいけれど麗しい紅色の花が誇らしげに咲いていました。近くには白い花を一輪だけつけた株もあります。
撮っていると、そばの畑で作業をしていたサングラスのカッコイイおじさんが、この牡丹は亡くなった自分の親父がかれこれ四十年ほど前に植えたものなんだ、と教えてくれました。自由に撮っていいよと言われたので、それから藤野にいるときは、毎日のように来て撮っています。
今は、すでに全ての花がすっかりしおれて、花びらも地面に落ちて散らばってしまっていますが、その残骸ともいえる姿も、白いスケッチブックの上で撮るとなんというか、盛りのときとはまた別の感じで、ある意味美しいものです。その写真はいつか、なんらかの形でご覧いただける機会があると思いますが、今は、三枚の白い花びらだけでご容赦ください。
今日、そこからの帰り道、畑の中の道を通って緑のトンネルに差し掛かかったところで立ち止まり、写真を撮っていると、シャーーーと辺りから奇妙な音が聞こえていました。もしかして、と思って周りの木々を見てみると、どの葉にも3センチくらいの毛虫がいっぱいついているではありませんか。そのホワイトノイズのような音は、無数の毛虫たちが若葉を食べるときにたてる集合音だったのです。私は、それをもうしばらく聞いていたかったのですが、枝から伸びた糸の先にぶら下がった毛虫が目の前にいるのを見て、ちょっと危険を感じ、そそくさと仕事場に帰ってきました。そして、部屋着に着替えていて、ふと床を見ると、一匹の毛虫が、、、。
藤野はほんとうにいいところです。

ところで、余談ですが、私が書いた文章がなんと今年の大学入試問題に出題されたとのこと、驚きです。大妻女子大学と短期大学の現代国語の問題で、岩波書店発行の雑誌『図書』2018年7月号に寄せた ー「秘密のかけら」が写るときー からなのですが、その問題を自分も解いてみたのですが、恥ずかしながらそのなかの一題についてはなんとも自信がありません。(六田知弘)

 

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2020.05.01 スッポンの水替え
スッポンの水替え

この4月は低温の日がが続きましたが、月末になってようやく爽やかで暖かい日が続くようになりました。
玄関先の水槽にいるスッポンも活発に動き出し、餌(大型肉食魚用のペレット)をやるとすぐさま水面に頭を出してシュパッ、シュパッと音を立てて飲み込みます。
見ると、冬眠中に一度も水を替えてやらなかったので水色はほとんど緑。暖かい朝だったので、思い切って水替えをしてやりました。
ゴム手袋をして、噛まれないように気をつけながら外に出したスッポンは、どこも傷などはしておらず、その艶のある綺麗な姿にちょっと見とれてしまいました。確か息子が小学1年生の頃にスーパーのペットショップで1,000円で買ってきた5-6センチの小さなヤツだったのですが、、、。生きていてくれてありがとう。思わずそう呟きました。(六田知弘)

 

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2020.04.24 ナナフシのこども
ナナフシのこども

ここのところ部屋にこもることが多かったので、気晴らしにカメラを持って仕事場の近くの山を歩いてきました。
今日は天気も穏やかで、心地よい山歩きでした。
ツツドリの不思議な声を聞きながら大きな岩や岩を伝う水にカメラを向けて撮り続けているといつしか向こうの世界に引き込まれて・・・。ふと我にかえると、一瞬、ここはどこ?と思ってしまうのはいつものこと。私にとっては写真を撮るという事は一種のインナートリップのようなものかもしれません。
温かい光があたる大きな岩の上に座って朝コンビニで買ったおにぎりを食べていてふと袖口を見ると小さな緑のものがくっついていました。はじめは葉か小枝のかけらかなと思ったのですが、あらためて見るとそれはナナフシの幼体でした。薄緑色の体色と何よりその体の形は新緑の小枝そっくり、擬態そのものです。周りの木の枝にくっついていたのが風に煽られて落ちてきたのでしょう。
スマホを取り出し、写真を撮ろうとしたのですが、細長い足を素早く動かし、ちょこちょこと動きまわって撮るのも容易ではありません。親指と人差し指の間で止まった瞬間、やっとの事で撮れました。
それでも季節は廻りゆきます。
みなさんどうぞご自愛ください。(六田知弘)

 

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2020.04.17 湖面を眺めながら
湖面を眺めながら

桜もほとんど散り終わり、風もずいぶん柔らかくなりました。
今、藤野の仕事場のコタツに足を突っ込んで、窓の外の水辺を眺めながらこれを書いています。
対岸の山肌の木々は一月前はまだその白い幹や枝をそのまま水面に写していましたが、今はすっかり淡い緑に包まれて水の色に溶け込んでいます。
釣のボートが一艘その中を音もなく横切り、鶯の声が水面に響きます。

コロナのおかげであまり外にも出られないので、今のうちに確定申告をしておこうと思っていたけれど、提出期限が伸びたのをいい事に、なかなか手をつける気になれず、先ほどやっとの事で書き終わり、近くのコンビニのポストに入れてきたところです。(e-taxにするつもりでしたが、今年はなぜか上手くできずに結局手書きして郵送にしました。)
愚痴になってしまいますが、確定申告の時は毎年少し落ち込むのは常ですが、今年はかなり深刻です。こんな状態で今年一年、制作活動もそして生活も本当にやっていけるのでしょうか???。
でもそんな事を考えても仕方ありません。きっと明日になれば忘れて、いつもの自分に戻れるでしょうけれど。

この頃、コロナのおかげで部屋にこもって撮りためた写真の整理をしているのですが、そうしているうちに何故だか西洋とは異なる東洋のものの捉え方についてもう一度考えてみようと思う様になり、水墨画の画集を何冊もAmazonで買って、寝るのも忘れてその世界に浸っています。
このしんどい時期を経て、世界も私も、さて、どう変わっていくのか、変わらないのか、私にはある意味、とても楽しみでもあるのですけれど。(六田知弘)

 

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2020.04.10 写真の山
写真の山

藤野の仕事場に行く途中、高幡不動の裏山を通りかかると木漏れ日の中に赤い椿と白い桜の花びらが、まるで水面に浮かんでいるように揺れていました。コロナの緊急事態宣言が出される前日の暖かい朝でした。
東京や大阪などの大都市圏で感染者の急増や、ニューヨークやヨーロッパでの爆発的な感染拡大を告げるニュースを知るたびに、私もじわりじわりと切迫感を感じるようになってきました。
私は、開催していた写真展「仏宇宙」も休止となり、出歩くことを自粛しなければならないこの間を、今までに撮って、溜まりに溜まった写真の整理に当てようと思っています。
まずは、カンボジアで撮ったものから始めたのですがパソコンの画面に映し出される写真を見続けていると、ついつい時間と空間の感覚が向こう側に入り込んでしまいます。そしてふと我に返ってしばらくしてから、いやに興奮している自分に気づきます。
コロナがきっかけで、これまで我々が正しいと信じ突き進んできた世界の方向性、価値観が変わるように思います。それを大げさですが、宇宙におけるコンステレーション(布置)のなかで考えていきたいと思います。
これから人類が進むべき方向性はどういうものなのか。本当の豊かさとな何なのか、そしてそれを実現する為に必要とするものは何なのか。そんなことをぼんやりと考えるともなしに考えながら、ヨーロッパで撮った石、それから日本の石、そして水など、山のように積み上がった写真の中をここしばらくは泳いでいようと思っています。(六田知弘)

 

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2020.04.03 雪桜
雪桜

先日の東京は思わぬ積雪がありました。未明から降り出して、午後にはやんだので、カメラを持って高幡不動の裏山を歩きました。谷に沿った細い径の脇で、桜の花びらが散った後に雪が降り積み、その上にまた新たに散った花びらがいくつも載っているのを見つけました。雪の重さでか風のせいでか花をつけたままの枝先も落ちていました。
ここのところのコロナ騒ぎで落ち着かない日々が続いていますが、撮っているとなんとも心が静まりました。
今大騒ぎしている私たち人間も自然の一部なのだということを、遠い何処かから教えてくれているように思えました。

東京国際フォーラムの中にある相田みつを美術館で開催中の写真展「仏宇宙」アジア編ですが、先ほど美術館から連絡があり、明日からしばらく閉館する事になったという事でした。その後どうなるか今のところは未定のようですが、本来の会期終了の4月19日の前には改めてお知らせさせていただきます。
たいへん残念ですが、この状況では仕方がないと私も考えます。どうぞご理解をいただきますように。
会期中においでいただいた方々、そして行きたくてもおいでいただくことが叶わなかった方々に、心より感謝いたします。ありがとうございました。
あまり動きのとれない日々が続きますが、その間、今まで撮りためた写真を整理しながら、次の展開を考えようと思っています。
どうぞ皆様も十分ご自愛くださいますように。(六田知弘)

 

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2020.03.27 「仏宇宙」今週の土日は休館/ノロジカのスケルトン
「仏宇宙」今週の土日は休館/ノロジカのスケルトン

藤野の仕事場の台所の流し台の上にノロジカの骨格標本があります。今朝、コーヒーをいれていて目の端にはいるその白い肌と形に惹かれてスマホでパチリ。
何と美しい造形なんでしょう!
ノロジカの他に、スズメや、マガモ、キジ、タチウオ、イノシシ、そしてスッポン、オオコウモリなどの骨格標本を持っていますが、どれもそれぞれが独特の表情を持っていて私を強く惹きつけます。
昨夜も夜更けにキジの頭部のスケルトンを掌にのせて右から左から眺めていると、ついつい時間が過ぎるのを忘れてしまい、気がつくと夜中の1時半。そのどこに惹かれているのか自分にはわからないのですが、、、? もっとも頭で解ることなど、少なくとも今の私には必要ないことでしょうけれど。

ところで、新型コロナウィルスが世界中で猛威をふるっています。先日も東京都をはじめ、関東地方一円の都県が人混みへの不要不急の外出や今週の土日の外出自粛を呼びかけました。たしかに今が、欧米やイランのような爆発的感染拡大にいたるのを食い止められるかどうかの瀬戸際である事は間違いないように思えます。
相田みつを美術館で今開催中の私の写真展「仏宇宙」も今後続けてやるのかどうか美術館側の判断に委ねるしかありませんが、今のところは、今度の土日は急遽休館とし、来週火曜日からは再び開館するとの事です。
みなさん、残念ですが、会場が開いているのかどうかに関わらず、今はどうかご無理をなされませんように。
私は今度の土日は久し振りに仕事場にこもってハードディスクにたまりにたまったカンボジアや石や水などの写真の整理をして過ごそうと思っています。(六田知弘)

 

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2020.03.19 「仏宇宙」後期アジア編始まりました。
「仏宇宙」後期アジア編始まりました。

新型コロナウィルスにも負けず写真展「仏宇宙」の後期アジア編が始まりました。
おかげで来場者は少ないですが、その分、みなさんにゆっくりと、じっくりと静かにあの空間に漂っていただいているように思います。
前期の日本編で「運慶の部屋」だったところを後期では「雲岡の部屋」にしました。こんなご時世だからこそ、石窟の内部に入って撮った、正に「仏宇宙」とも言える空間にしばし佇んでみるのもいいように思うのですがいかがでしょうか。
そしてその「雲岡の部屋」からでたら一転、熱帯の眩い光と陰の中で煌めきゆらぐ仏たちとゆっくりとお会いいただければと思います。 (私は期間中の土日祝の午後は会場にいるつもりでおります。)(六田知弘)

 

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2020.03.13 桜開く
桜開く

このところの暖かさで、東京の桜の開花宣言が今日13日にもあるとのこと。昨日、仕事場から都心部に向かう途中の京王線の高尾駅のホームから近くの寺院の大きな桜の木がほんのりと紅かかっているのが見えました。まさかと思ってよく見たら、それは確かに桜の花。もう三分咲きくらいでしょうか。新型コロナウィルス騒ぎで平常ではないこのご時勢、3月半ばに桜の花を見るのはちょっと異常だと、なんとなく心配になってしまうのは私だけでしょうか。

心配してもどうにもならぬものですが、こういう時期を経て、世の中が新たな布置のもとへと変わっていくのかとも私には(なんの根拠もないですが)感じられます。

写真展「仏宇宙」の日本編もこの土日で終了で、17日からアジア編が始まります。いまにところ、会場の相田みつを美術館は開館しておりますので是非お立ち寄りください。アジア編は遺跡が中心ですが、また日本の単体の仏像とは違う雰囲気を楽しんでいただけると思います。特に日本編で「運慶の部屋」だったところを「雲岡の部屋」にしました。仏に満たされた異空間を、体験していただければ思います。(六田知弘)

 

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2020.03.06 夜の沈丁花
夜の沈丁花

写真展「仏宇宙」の帰り道、自宅の近くまで来たところの薄暗闇でいきなりあまい香りに襲われて立ち止まりました。すぐにこれは沈丁花の香りだとわかったのですが、それにしてもなんと強く明確な香りなのでしょう。この香りは、単に虫を呼ぶための自然のものなのか、それとも他の目的で、例えば人がその香りを楽しむために品種改良されてつくられたものなのでしょうか?
沈丁花というと私の奈良の生家にもあったのを覚えています。それは、白と赤が混ざった一般的な品種でしたが、やはりとてもいい香りがして、祖父に名前を聞いて「ぢんちょうげ」だと教えてもらった時のことを覚えています。沈丁花と夾竹桃(きょうちくとう)、その名前は幼い時に祖父と二人で暮らしていた時の遠い記憶に結びつきます。
祖父にはいろんなことをいっぱい教えてもらいました。仏像に惹かれるようになったのも幼稚園の頃から祖父に連れられて近くの當麻や明日香などの寺社巡りをしたのがきっかけです。

コロナウィルスのおかげで、現在開催中の写真展「仏宇宙」に来てくださる方は、やはり予想よりだいぶ少ないのですが、返ってそれで人混みを避けて、仏像との時間をゆっくりと楽しんでいただけるともいえます。
写真展は今のところは予定通り開催されています。前期の日本編は3月15日(日)まで、そして写真の総入れ替えをして、後期のアジア編が3月17日(火)からはじまります。
私は土日の午後には会場にいるつもりでおります。
お待ちいたしております。(でも、ご無理はなさいませんように。)(六田知弘)

 

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2020.02.28 雑華
雑華

今、私は、先日私の写真展『仏宇宙』のトークショーにいらしていただいた作家の玄侑宗久さんの奥さんである石田智子さんの展覧会の準備をお手伝いするために福島県の郡山に行っての帰りの新幹線の中でこれを書いています。
石田智子さんは紙縒(こより)や反故になった広告チラシなどを使って作品を作るアーチストとして世界的に活躍されています。私は、以前にアルバムを見せていただいて結構印象的だったのですが、実際の作品を見るのは今回初めてです。
随分響くものがありました。郡山市立美術館の余裕のある空間にインスタレーションされた作品からは先ず最初に宇宙的なものを感じました。展覧会のタイトルは『雑華』。「ぞうけ」と読みます。「華厳經」の中にある言葉とのことですが、なかなか的を得た言葉で、さすが玄侑さんの奥さん。
展覧会は予定通り3月1日から始めるつもりで準備をされています。ただ、小中高が2週間休校するよう政府が要請するという事態なので、確実ではないようですけれど。
開催中の私の写真展「仏宇宙」も同じこと。さてどうなることやら。
とはいえ、これも何らかの計らい。「ジタバタせずに流れに任せるという事ですね」と昼食をとりながら石田さんと話しておりました。(六田知弘)

 

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2020.02.21 写真集『仏宇宙』できました。
写真集『仏宇宙』できました。

先週の土曜(15日)に写真集に文章を寄せて頂いた作家の玄侑宗久さんをお招きしてトークショーをしました。参加を希望される方が多かったので会場をより広い部屋にかえたのですが、それでもほぼ満席、ありがたいことでした。玄侑さんの話をもっと聴きたかったのに、という方が大勢いらしたと思いますが、時間の制限もあり、どうかご容赦いただきたいです。(小耳にはさんだのですが、相田みつを美術館では、あらためて玄侑さんを招いての講演会もしたいと考えているようです。)

そして、そのトークショーに合わせて写真集『仏宇宙』ができました。私は出てから3日目に自宅に届いたその本を手にとり、まず、函をじっくり眺めてから、本を取り出して表紙を見て、それからはじめてゆっくりとページをくっていきました。

いい本を作ってもらえました。最後の最後まで私のわがままに対応してくれたデザイナー上田英司さん、編集の佐藤愛美さん、本当に感謝です。これで私がやってきた仕事の一つに一区切りをつけて、次に進めることと思います。

この本を世に出すためにはたくさんのご縁とご支援ををいただきました。あらためてここでお名前をあげることはできませんが、深く深く感謝いたしております。(六田知弘)

 

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2020.02.14 「仏宇宙」始まりました。〈トークショー当日参加について〉
「仏宇宙」始まりました。・トークショー当日参加について

仏像の写真展「仏宇宙」がオープンしました。
ほんとうに多くの方々に助けられて、長年撮りためてきた仏像の写真をこうしたかたちにまとめられたこと、心より感謝いたします。
会場に並んだ54点の写真を見ていると、それぞれの仏像を撮った時のことを色々と思いだします。そして、全体を俯瞰してみたとき、これらの写真はなんだか自分が撮ったというよりも、何かわからぬ手によって私に撮るように仕向けられたのだ、というような気がしてなりません。

明日2月15日(土)の18時45分から、相田みつを美術館で、作家で僧侶でもある玄侑宗久さんと私とのトークショーがあります。当初、写真展の会場でやる予定だったのですが、より広い隣の部屋ですることになりました。ですので、トークショーの前後でも展示はご覧いただけますし、まだ席に余裕がありますので、事前の申し込みがなくても、当日の参加が可能ですので皆さん、どうぞお誘い合わせのうえお越しください。(六田知弘)

 

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2020.02.07 ほとけのざ
ほとけのざ

いよいよ写真展「仏宇宙」開催まであと数日となりました。
やらなければならないことがなかなか尽きませんが、本当に多くの方々のお力をお借りして、なんとかここまでこぎつけられたこと、感謝です。

今、こうして写真展や写真集にまとめる作業をしていてあらためて感じたことのひとつは、全くと言っていいほど世間には知られていない、割れたり、壊れかけたりしていたり、崩壊寸前の遺跡の隅っこで見つけたような、いわゆる美術的には大した価値もない、そんな仏たちも国宝や重文のものに混じって結構その存在感を放っているな、ということです。こういう仏に出会うと素直に手をあわせている自分がいます。

今回の写真展は、前期(2月11日~3月15日)と後期(3月17日~4月19日)とに分かれています。前期は日本の仏、後期はアジアの仏教遺跡で撮ったものが中心で、途中で作品を総入れ替えしますので、みなさんどうぞご注意くださいますように。
ご来場お待ちしております。(六田知弘)

 

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2020.01.31 日立より
日立より

ここしばらくかかりっきりだった写真集と写真展『仏宇宙』の準備も概ね終わりました。実務的な事がまったく苦手な私は、結構しんどくなって心身ともに限界に近づいていたように思います。
今朝めざめたとき、仏像の撮影、特に興福寺の無著の撮影の時に遠くから目に見えない信じられないような助けを送ってくれた大学時代からの友人に会いに茨城県の日立市に行くことを思い立ちました。
これから彼に会うところなのですが、その前に同じ日立市にある御岩神社にお参りに来ました。なんという清らかな場所でしょう。カメラを持って光の中で輝く木々の小枝や石などを撮りながら山の奥に続く境内を歩いていると、ストレスが溜まってどうしようもなくなってしまっていた私の心身が清らかな水で洗い流されるようです。
ああ、人に、自然に、そして目に見えない大いなるものに感謝です。(六田知弘)

 

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2020.01.17 もうすぐ生まれます。
もうすぐ生まれます。

2月に出版される予定の写真集『仏宇宙』の色校正が上がって来ました。それを見てこれはいけるという感触。同時に表紙の見本も出ていました。それを束見本に巻いてみるとブワーっと実感が湧いて来て、それまでの製作のためのストレスでガチガチになっていた私の脳も、一挙に雪どけして柔らかくなった感じです。

今は、この写真集と同時進行している写真展「仏宇宙」の展示作品のプリントの真っ最中でもあります。目の前の超大型プリンターからゆっくりと吐き出されてくる仏たちの写真を見ていると、何だかあたらしい命がこの世に生まれ出てくるような感覚を覚えてきます。

写真集ができ、写真展が始まったらカメラを持ってどこかに撮りに行ける日を愉しみに、もう一息がんばります。(六田知弘)

 

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2020.01.10 今年最初のトピックス
今年最初のトピックス

一昨日、昨日とは、東京国際フォーラムにある相田みつを美術館で2月11日から始まる私の写真展「仏宇宙」の写真構成を決める作業をしていました。そして、相棒のデザイナー上田英司さんと最終的な確認をしたあとは、いろいろとしんどいことや煩わしいことを忘れて、気分が高揚して、おかげで深夜に家に帰ったあと、布団に入ってもしばらく寝付くことができませんでした。
この写真展と、それと同時に出版される写真集『仏宇宙』はこれまで私が三十年以上に渡って撮って来た仏像の写真のいわば集大成的なものですが、こうして、写真を俯瞰してみて、あらためて思うことは、これらの仏像は私が自分の意思によって撮ったというよりも、何かの縁のようなもので私が撮るように計られ、写ってきてくれたものたち。そんな気がしてならないのです。ただただ感謝です。

みなさん本年も、思いついた時で結構ですので、このコーナーを覗いていただければ嬉しいです。(六田知弘)

 

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