六田知弘

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トピックス

写真家・六田知弘の近況

展覧会や出版物、イベントの告知や六田知弘の近況報告を随時掲載していきます(毎週水曜日更新)。

2008.07.02 ギャラリーページ、リニューアル作業中

このホームページを立ち上げてから4年余りたちました。ふりかえると、その間、写真撮影や写真展、写真集の出版など随分いろんなことをやりました。
苦しみながらも楽しい仕事でした。
ギャラリーページもそろそろリニューアルしようと、作業に取り掛かっています。真夏までには、作業を完了するつもりです。ギャラリーページの項目を増やし、入れ替えできる新作のコーナーも作ります。このトピックスも、毎週何を書こうかかなり悩みながらやっているのですが、何とか頑張って続けていこうと思っています。
この夏から冬にかけて撮影や写真展などやっぱり、いろいろと予定があります。また、このコーナーでご報告しますので、今後ともどうぞよろしくお付き合いいただきますように。(六田知弘)

2008.06.25 柱頭彫刻

ロマネスクの柱頭彫刻を集めた写真展「闇にすむもの」をおかげさまで盛況の うちに終えることが出来ました。
怪物や悪魔そして、聖書の物語や日常生活など柱頭に刻まれたちょっと奇妙な ものたちを見ていると、文字には表わされることのない、中世の民衆の心性が そこにはふんだんに表現されているように思えてきます。勿論、それらは、イ メージですからそれを分析し、説得力を持った言葉で言い表すのは容易なこと ではないと思うのですが、中世史、中世美術史を研究されている方には、是非 ともこのロマネスクの彫刻を題材に、中世民衆の心的世界をより深く研究して いただきたいとおもいます。(六田知弘)

2008.06.18 紫陽花

私がいつも歩く高幡不動の裏山は今、アジサイの盛り直前といったところで、 多くのカメラを持った人たちでにぎわっています。
京王線の車内には、高尾山の薬王院のアジサイについての観光パネルがあって、 そこには日本原産のガクアジサイが品種改良されてタマアジサイをはじめ、さ まざまなアジサイの品種がうまれたと書いてありました。
そういえば、スペインのサンチアゴの巡礼路沿いの石のスレートだけで作られ たとても変わった民家の前にもドライフラワーと化したアジサイの群生があっ たことを思い出しました。以前にもこのコーナーに椿がスペインにもあると書 きましたが、アジサイも遠い昔に日本からスペインまで伝わったということで しょう。
スペインのアジサイもこの季節、雨に濡れながら今を盛りと咲いているのでしょうか。(六田知弘)

2008.06.11 ロマネスクの怪物たち

写真展「闇に棲むもの」が始まりました。恐ろしくもどこかユーモラスな 怪物や悪魔たちが勢ぞろいして、大きな口を開けて皆様をお待ちしています。
わたしは、時間のある限り会場に行くつもりです。14日と21日の土曜日 には終日会場にいる予定です。是非お立ちよりを。(六田知弘)

2008.06.04 写真展「ロマネスク 闇に棲むもの」

6月9日(月)から21日(土)まで、東京神田神保町の「gallery福果」 で「ロマネスク 闇に棲むもの」と題した写真展をします。
いままで撮りためたロマネスク美術のなかから教会や修道院の建物の柱の 上方に彫られた「柱頭彫刻」の写真に絞って展示します。
ロマネスク時代の柱頭には聖書の物語などのほかに、キリスト教とは関係 のないはずの怪異な幻想動物や悪魔たちが跳梁跋扈し、頭上の闇の中から われわれ人間世界の様子をうかがっています。
6月9日午後6時ころより会場にてささやかなレセプションを行います。 どなた様もご遠慮なくおいでください。お待ちしております。(六田知弘)

■六田知弘写真展  「ロマネスク 闇に棲むもの」
2008年6月9日(月)〜6月21日(土) 日曜休廊
12時―19時/最終日17時

gallery福果(ギャラリーふっか)
http://www18.ocn.ne.jp/~fukka/
東京都千代田区神田神保町1−11−2
03-3259-6555

地下鉄三田線、新宿線、半蔵門線 神保町駅A7出口を出てすぐ「さぼうる」隣2階

2008.05.28 真贋

古美術品の本物か贋物かを見極めることは本当にむつかしい。このごろ特 にそう思うことが増えました。なかでも中国からは、今までのようないわ ゆる名品を偽造したものに加えて、今まで見たこともないようなものや非 常に珍しいものがはいってきたりして、真贋を判定するための資料や情報 が不足し、頭を抱える古美術商やコレクターをよく見かけます。
ましてや最後の判定法でもある熱ルミネッセンスなどの科学的年代測定法 さえクリアーする贋作技術も使われているとも言われています。
今までに見たこともないものだから贋物だと判断する人。わからないから 今は扱わない、買わないという人。わからないけれどそれに魅力を感じて 扱いたい、持っていたいと思う人。真贋などにこだわらずこれで儲けてみ ようと思う美術商。大丈夫だと一旦判断しても周りの人の反応からその確 信が揺れる人。見たことはないけれど、いままでに養った自分の眼を信じ て自信を持ってよいものだと判断する人。様々です。
皆ある意味で真剣勝負です。私などはお金もないので傍から覘いているだ けなのですが、美術品それ自体が好きなのは言うまでもありませんが、結 構このスリリングな真剣勝負の世界にも惹かれているところがあるのかも しれません。(六田知弘)

2008.05.21 吉田元写真集「神々の残映」

3年前に亡くなった吉田元さんの遺作写真集「神々の残映」をしばらくぶ りに開きました。
そしていきなり拳骨をくらいました。
なんとおそろしい眼差しなのでしょう。例えれば、懐にしまった研ぎ澄ま された出刃包丁です。ものの本質を突き刺し、引き裂き、えぐりだす。
この49枚の写真は、本土復帰前の1963年に沖縄の黒島、石垣島、小 浜島などの八重山諸島を訪れ、3ヶ月間滞在して撮影されたものです。
吉田さんは、島では五感を解放します。海風の匂いを嗅ぎ、塩味のする井 戸水をなめ、ゴッカル(リュウキュウアカショウビン)と海人の声を聞き、 サンゴ石灰岩の砂を掴み、遠い水平線上に浮かぶ白い雲に眼をやります。 そして、あたりに満ちる神々の気配に身を振るわせます。といって、決し て浅薄な叙情に流されることはありません。もちろん、イメージの誇張や 単純な意味づけなどもすることはありません。まず、被写体自体が発する 多岐多層な情報を、五感を開いて受け止めて、それを自らの身体と頭に瞬 間的に還流させてからフィルムに焼き付けるのです。そのとき、吉田元と いう撮影者の魂も写りこむのです。
その魂に私はいきなり拳骨をくらってしまいました。
有難く頂戴する他はありません。(六田知弘)

2008.05.14 ミャンマーのサイクロン、中国四川省の大地震

先だってのミャンマー(ビルマ)のサイクロンによる被害は甚大で、ある国 際機関の情報では死者、行方不明者をあわせて32万人に達するのではとい われています。これから救援、復旧活動が速やかにおこなわれればまだいい のですが、軍政府は海外からの人的救援を受け入れる様子もなく、うかうか していると、コレラや赤痢などの感染症が蔓延することも考えられます。 (責任能力の全くない)軍政府が拒否しても、国連などの国際機関が強制的 に人的救援活動を行使ことはできないのでしょうか。
中国四川省の地震の被害もかなり大きいようです。中国内陸部では過去最大 規模で、生き埋めになった人が1万人とか10万人とか言われています。オ リンピックもいいですが一刻も早い救が必要です。
天災は、人災ともむすびつき、犠牲になるのはいつも一般庶民です。(六田知弘)

2008.05.07 フクロウ

若葉が萌えるこの季節、東京郊外の高幡不動の裏山に毎年のようにフクロウ がやってきます。帰宅途中、その横を通ると鳴き声がよく聞こえるのですが、 今年の声は、例年のものとはちょっと違っています。いつもなら、コッ コッ  コッ コッと高い声で鳴くアオバズクなのですが、今年のものは、クー クー  クー クー・・・と低い声で7〜9回続けて鳴いて、鳴き止んで、しばらく たって、またクー クー クー・・と続けるのです。どういう種なのかわかり ませんが、あの低音から察するにアオバズクよりも大型のものに思えます。フ クロウは、他の鳥にくらべて何となく縄張り意識が強いようですから、いつも 来るアオバズクは今年は、そいつに先取りされて、どこかよそに行ってしまっ たのかもしれません。
ところで、私の家にも先ほど一羽のフクロウかやって来ました。といっても古 代ギリシャのアテネのフクロウコインです。知恵の女神アテナの使いでもある フクロウが、その二つの大きな目と額に微かに見える第三の目から私に知恵を 与えてくれるよう本気で願いながら、卓上に置いたその写真をちらちらとなが めつつ仕事をしている今日この頃です。(六田知弘)

2008.04.30 「地の果て フィステーラ」

サンティアゴ巡礼路を歩いた後、スペイン最西端のフィステーラ(フィニス テーラ)まで足をのばしました。「フィステーラ」は「地の果て」という意 味で、大西洋に臨んだまさにヨーロッパ世界のどん詰まりです。
陸地が終わり、海がはじまり、その向こうには、もう一つの世界があるのだ と中世の人は考えました。このあたりの海岸は「死者の海(コスタ・ド・モ ル)」とよばれます。死者たちや、ロマネスク様式の教会堂に施された彫刻 でよく見かける奇妙な怪物たちが、向こうの世界には棲んでいるのだと信じ ていたのだと思います。
低く低く垂れ込めた雲と海との隙間から鈍色の太陽が沈みます。
巡礼者たちは、この地の果てで靴を燃やしてその長い旅をしめくくるのです。

ところで、その異界の住人たちの写真展を6月にしようと思います。6月9日 から21日まで、神田神保町の「gallery福果」でです。いままで撮りためた ロマネスクの怪物や悪魔たちが狭い空間に大集合です。詳細は追ってお知ら せします。乞うご期待。(六田知弘)

2008.04.23 写真・異次元からの作用

ここのところ、サンティアゴ巡礼路の写真整理に毎日のようにかかりっきり です。これはなかなか悩ましい仕事で、撮影の方がよっぽど楽な気もします。 自分が撮ったものなので、変な思い入れなんかが入ったりして、ボケた頭で はなかなか整理がつきません。いっそのこと全部を人に任せてしまえば楽な のでしょうが、そういうわけにもいかず、数人の身近なひとに見てもらい、 その感想を参考に、最後は自分で刀を抜いてエイヤといくしかありません。
ところで、写真を見ながらあらためて考えたことがありました。それはなか なか説明するのが難しいのですが、強いていえば、写真には、予想可能な、 撮影者の自我の(計算の)範囲内で撮られた写真と、シャッターを押すその 瞬間に、自我を越えたどこか別の次元からの働きかけが作用して出来た写真 とがあるように思うのです。
私は、自分の意識と、それに自分自身では知りえない別の次元からの作用が 加わって生まれた写真。そんなものを、一生のうちに何点かでも撮れればい いなと思っています。(六田知弘)

2008.04.16 桜と椿

いつものように高幡不動の裏山を歩いて駅に出ました。とおに、ほとんどの 桜は散ってしまっているのですが、種類がちがうのか、一本だけ、今その花 びらを散らす真っ最中のものがありました。一面、雪化粧をしたように前夜 の雨に濡れた地面を薄紅色の花びらが覆い隠しています。その片隅に赤黒い 椿の花がいくつもかたまって落ちていて、またそのうえに、粉雪のように桜 の花びらが舞い落ちます。うぐいすの声が近くの梢から聞こえてきます。こ ちらに移り住んでもう14回目の春になりました。
ところで桜と椿というと、日本のイメージがつよいですが、先ほど歩いたス ペインのサンティアゴの巡礼路にもぽつりぽつりと単独ではありますが、桜 と思われる木があって、低い雲を背景に白い花を咲かせていました。日本の ように薄紅色ではなくほとんど真っ白な花なので、ほかの木かと思ったので すが、近づいてよく見てみると、その花のかたちや樹皮の文様などからやは り桜だと思われます。そして、椿も小さな集落の片隅で、ぽたりぽたりと花 のかたまりを落としていたりするのです。サンティアゴの友人に聞いた話で すが、椿は、16世紀のあの「天正少年遣欧使節」が日本からヨーロッパに 持ち込んだのだということです。もしかしたら巡礼路に咲く桜の花もそうし た、遠い昔の交流によってヨーロッパに持ち込まれたものの子孫なのかもし れません。(六田知弘)

2008.04.09 いのちの洗濯

スペイン、サンティアゴ巡礼の旅から帰ってから一週間たちました。齢のせい かまだ抜け切らない時差ぼけのまま、ほとんど毎日、撮影した写真の整理をし ています。それでも何かと俗事に追われ、ストレスも少しずつたまってきます。
夜中、風呂に入っているときに、ふと思いました。巡礼は「いのちの洗濯」な のだと。こんな手垢のついた言葉を使うとなにやら旅行会社のキャッチコピー のようでいやなのですが、そう思うのです。
普段の世界から遠く離れて、太陽と雨と風とを全身にうけながら、ひとり大地 のうえを延々と歩き続けます。そうすると、一歩ずつ、自分でも気づかないう ちに、それまでにこびりついた垢が全身から落ちていくように感じられるのです。
サンティアゴで出会った、巡礼を終えてそれぞれの国に帰っていく人たちの、 まるで風呂上りのようなさっぱりとした表情を思い出します。
私も、いつかまた必要になったとき、リュックをかついで、いのちの洗濯に行 くつもりです。(六田知弘)

2008.04.03 無事帰還しました。

サンティアゴ巡礼から無事帰還しました。
歩いたのは、ピレネー山脈の仏西国境から聖地サンティアゴ・デ・コンポステ ーラまでの行程の後半の一部だけですが、それでも写真を撮りながら、総量1 5キロの荷物を背負っての、野越え山越え谷越えての9日間はいい体験でした。 サンティアゴでは、ちゃんと巡礼証明書ももらいました。こんなに歩いたのは 20代の頃のネパールヒマラヤ以来です。
難所といわれるセブレイロ峠越えは、幸い天気に恵まれ、小鳥のさえずりを聞 きながらの気持ちよい山歩きでした。ガリシア地方に入ってからは、雨と晴れ とが30分ごとに猫の目のように入れ替わるこの地方独特の天候が連日続き、 傘を差したりたたんだり、ちょっと面倒でしたが、その分、面白い光線具合の 写真が撮れました。
カメラを片手に一人で歩き続けていると、いろんなことをとりとめもなく考え ます。今なんで自分はこんなところにいるのだろうかとか、ヒマラヤの村々を やはりカメラを持って歩いていた20代のときの自分と今の自分とは違いがあ るのだろうかとか、自分の残された人生でこんなに歩くことは再びあるのだろ うかとか・・・。どうしても内向的になってしまうようです。そしてそのうち、 日常の意識も少しですが薄れてきて、微かな浮遊感覚のようなものを感じなが ら、足裏の痛みにもかかわらず、このままどこまでも歩き続けたいというよう に思えてきました。サンティアゴまであと2、3日というところでは、わざと 巡礼路をはずれて遠回りをしたりもしました。
それでもやはり、サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂の前に立ったと きには胸に熱いものが込み上げてきました。
自分にとってこの体験がどういう意味を持つものなのかは、これから、撮った 写真を整理していくうちに少しずつわかってくるのだと思います。(六田知弘)

2008.03.05 サンティアゴ巡礼の旅へ

3月10日から31日までの予定で、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステー ラ巡礼路の撮影の旅にでかけます。昨年秋にフランスのロマネスク建築を撮影 に行ったついでに車で巡礼路をたどりましたが、今度は、2週間ほど実際に自 分の足で歩くつもりです。歩くのは、カステーリャ・イ・レオン地方のアスト ルガから聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの260km余。途中、巡 礼路最後の難所と言われるセブレイロ峠を越えていきます。まだ、だいぶ寒く、 緩みきった私の肉体にとってはきびしい道のりとなると思いますが、風景やロ マネスクの建物などを楽しみながら、あせらずにゆっくりと歩こうと思います。 撮った写真は、今年の内にも皆さんにご覧いただけることと思います。
旅行期間中、3回ほどこのトピックスは休ませていただきます。帰国しました ら、また報告させていただきます。乞うご期待。(六田知弘)

2008.02.27 安宅コレクション

大阪市立東洋陶磁美術館にある安宅コレクションの図録を開いてみました。 勿論、今まで何度もその実物を見る機会がありました。しかし、いまさらな がらすごいものだと思いました。特に朝鮮陶磁。もの自体が発する美のレベ ルを驚くべき眼力で識別しているように感じます。まさにこのコレクション そのものが、安宅栄一という一個人の芸術作品といえるでしょうし、日本人 が長い歴史のなかで培ってきた、ものを観る「美学」のひとつの精華とも言 えると思いました。これらの陶磁器は古の中国や朝鮮で作られたもので、日 本での作ではありません。ですが、それらのもののなかに潜む「美」を見抜 く眼は、まさに日本の「美学」によるものです。これらが散逸せずに、公立 の美術館に一括して残されたことを、一人の日本人としてあらためて心の底 から喜びたい気持ちになりました。(六田知弘)

2008.02.20 博物館の茶碗

古美術品に対するとき、大雑把に分けて二つの接し方があると思います。 まず、ひとつは、そのものを、「美」の空間あるいは「美」という観念を 形作る道具としてみるという接しかた。もうひとつは、そのもの自体が発 する「美」そのものに向き合うという接しかたです。
先日、東京国立博物館で「振袖」という銘の志野茶碗を撮影しました。実 は、私は、撮影前には、その茶碗のことはほとんど知らず、手持ちの図録 を調べてみても見当たらないので、どうせそれほどたいした茶碗でもない だろうと思っていました。
撮影当日、写場に出されたものは、予想通り、箱が新しく、しっかりした 伝来はないものだろうと思われました。使用された形跡もどういうわけか ほとんどみあたりません。わたしは、お茶の世界は、まったくの門外漢で すが、こういうものは、茶道具としてはあまり高くは評価されないものだ ろうと思われました。しかし、撮影台にのせられたそのかすかに鼠がかっ た薄紅色の茶碗にしばらくじっと対していると、茶碗自体から、思いもよ らぬ確固とした存在感をわたしに示してきたのです。いい茶碗だと思いま した。
ものに向き合い、ものそれ自体から発せられる信号をキャッチし、それを 写しこむこと、これが私の仕事だと思っています。(六田知弘)

2008.02.13 熊野

熊野をカメラを持って三日ほど歩きました。山中を一人歩いていると、そ こに漂うあまりにも濃密な気配にわたしはたちまち包み込まれてしまいま した。熊野は「異界」のイメージでよく語られます。私ははじめ、そうし たイメージ付けを警戒し、そのイメージから距離をおいて写真を撮ろうと 思っていました。しかし本宮大社から湯の峰へ通じる熊野古道のひとつに 一歩足を踏み入れたその瞬間にその決意は、あっけなく崩れ去ってしまい ました。大和に漂う「古代のにおい」と似ているようですこし違う、「中 世のにおい」といったらよいのでしょうか。その独特の気配があたり一帯 に漂っているのです。熊野には、確かに異界へ通じる窓がぽっかりと開い ているようです。(六田知弘)

2008.02.06 中宮寺の半跏思惟像を撮りました。そして熊野へ。

今日(2月4日)夕方、中宮寺の半跏思惟像を撮りました。下見で考えたと おり、自然光でです。まだ、気分がHIGHのままで、今夜ははすぐには寝付 けそうにありません。
明日は朝から、6日夜の熊野の火祭り「お燈祭り」を撮るためにバスで新宮 に向かいます。気分の高揚がまだ少しの間続きそうです。(六田知弘)

2008.01.30 タイの仏手

タイから帰国しました。今回タイ北部のスコタイ遺跡やそこからバスで1 時間余りのところにあるシーサッチャナライの遺跡をめぐって、最も印象 が強かったこと、それは行く前にこの欄でも書いた仏像の流れるようなボ ディーライン、特にその先端にあたる「手」の美しさでした。仏の持つ霊 的エネルギーが頭の先から眉間をとおり、肩、そして、やわらかな曲線を 描く腕を経て、その長く、反り返った指の先から放射されているかのよう に感じられました。
このことについては、今連載中の月刊誌「なごみ」に仏手のクローズアッ プの写真とともに書こうと思っています。(六田知弘)

2008.01.23 タイに行ってきます。

この冬一番の寒波が日本列島を覆っているようですが、私は一週間ほど 熱帯に行ってきます。また、アジアの仏教遺跡の撮影で、今度はタイの スコタイ遺跡です。ほんとうは8月か9月頃にしようと思っていたのです が、ガイドブックを見るとタイの雨季は2月半ばから9月いっぱいまで続 いて、その間はほとんど毎日曇天か雨のようですので、比較的涼しく晴 天が続く今のうちに行こうと急遽決めました。それでも日本との気温差 は30度近くあるのかもしれません。
タイの仏像の、頭部から指先まで斜め下にすっと伸びる美しいボディー ラインをうまく撮れればと思っています。 私は、スコタイ期のあとのアユタヤ期のものと思われるブロンズの小さ な「仏手」を手元に置いていますが、その五指の洗練された伸び具合と 反り具合には感心させられます。これもタイ仏独特のかたちでしょうし、 女性の伝統舞踊のときの指使いにも継承されているのかもしれません。
帰ってきたら中宮寺の菩薩半跏思惟像の撮影が待っています。そういえ ば、その像の右頬にかすかにあてる指のかたちも絶品であることは言う までもありません。(六田知弘)

2008.01.16 中宮寺菩薩半跏思惟像

奈良斑鳩の中宮寺にある菩薩半跏思惟像(弥勒菩薩あるいは如意輪観音 ともいわれています)を撮影することになり、先日その下見に行ってき ました。小学生の頃から私の大好きな仏像だったので何度も見たことが あるのですが、やっぱり素晴らしいです。今回私が、訪れたときには、 点け忘れたのか、ライトはまったく当てられておらず、堂内の一番奥に 安置されたその像は、正面からの弱い自然光をうけて、深い思惟の中に 沈んでいるようでした。黒漆が像全体に塗られているため、背景の闇の なかにとけこんで、はじめはお顔の輪郭もほとんどわからないほどです。 しかし、目がその暗さになれてくると、目鼻や口元はその黒漆のてかり で逆にはっきりと見えてくるのです。そのなんともいえぬ微妙なほほえ み。これこそ私が子供の頃最初に見たアルカイックスマイル(いにしえ の微笑み)だったんだと、遠い遠い記憶(印象)がおぼろげながらもよ みがえってきたように思えました。そして、これでいこうと決めました。 つまり、撮影はライトを使わす自然光で。もしライトを使わなければな らなくなったときでも出来る限り、自然光に近い当て方で撮る。
それにしても幼い頃からあこがれ続けてきたこの仏像に自分のレンズを 向けることができるなんて嘘のように思えます。いまは、その機会を与 えてくださった関係者の方々にふかく感謝したいと思います。(六田知弘)

2008.01.09 明けましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。 年末から正月にかけて、ほとんど毎日パソコンにむかい、昨年10月に 撮ったロマネスクの写真の整理をしていました。あまりにも大量で、 なかなか片付かないのですが、慌てずにじっくりとやっていこうと思 っています。 昨年、展覧会をしたのにまだロマネスクかと思われるかもしれません が、ロマネスクには汲んでも汲んでも涸れることのない、こんこんと 湧き出る泉があるように思えます。その水をより進化した(深化した) 眼で捉えることができればと思っています。泉といえば、ロマネスク のなかでもシトー派とよばれる一会派は、その修道院を人里はなれた 泉の湧き出る土地に建てました。そして、装飾を極力排除して、石と そこに差し入る「光」によって「神」を観じる空間をつくりあげまし た。今私は、その「祈りの空間」につよくひかれているのです。 「祈りの空間、祈りのかたち」これが私のテーマです。 本年もよろしくお願いします。(六田知弘)