六田知弘

MUDA TOMOHIRO >> Topics 2010

トピックス

写真家・六田知弘の近況 2010

展覧会や出版物、イベントの告知や六田知弘の近況報告を随時掲載していきます(毎週水曜日更新)。

過去のアーカイブ

2010.03.10 雪椿

昨日昼頃から冷たいみぞれが降りつづき、夜には、しゃらしゃらと音をたてて霰も降っていたようです。

朝、玄関を開けると既に降り止んでいましたが、シャーベットのような雪があたりを覆い、地面に落ちた椿の花が白の中で鮮やかに目に映りました。(六田知弘)

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2010.03.03 さんしゅゆ の花

いつも歩く高幡不動の裏山には、樹齢約200年という「さんしゅゆ」の老木があります。
さんしゅゆは「ハルコガネバナ」という別名のとおり、うす緑がかった黄色の(黄金色にもみえないことはない)小さな花のかたまりが早春の陽光をうけて輝いていました。あまり見る人もいない地味な花ですが、どの木もまだ葉の芽も出していないなかで、春を告げている姿は、こころにしみました。(六田知弘)

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2010.02.25 雲岡写真集

雲岡石窟を撮った写真集の写真の部分の校正刷りがあがってきました。これからいろいろ色校生をして、より完成度の高いものに持っていくのですが、結構本番の仕上がりが期待できるように感じられました。
ところで、その写真集のタイトルですが、まだ最終決定には至っていません。『雲岡 仏の宇宙』にするか、『雲岡 仏宇宙』にするか。今のところこの二案があるのですが、私としては初めは前者を提案したのですが、最近は、後者のほうがいいかなという気もしています。「仏世界」という言葉ならあるのですが、「仏宇宙」というのはこちらの造語であるし、「ぶつうちゅう」と読ませるのか「ほとけうちゅう」と読ませるのかよくわからないところもあるのですが、「仏の宇宙」より「仏宇宙」のほうが何となく雲岡石窟がつくられた北魏時代のシャープな造形感覚とマッチするように思うのです。
急遽英文もつけることになったので、発行は予定より少し遅れそうですが、良い本になりそうです。乞うご期待。(六田知弘)

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2010.02.18 デジタル撮影

来年のJALアートカレンダーのために、奈良の新薬師寺の十二神将のうちのひとつ伐折羅(バサラあるいはバザラ)大将像を撮影しました。髪を逆立て、口を大きく開け、目をかっと見開いて右下方を睨みつける、あの有名な憤怒の像です。実物を見たことがなくても、ほとんどの方はその写真はどこかで目にしたことはあるはずの天平を代表する塑像です。(ただ、伐折羅というのは寺側の呼び方で、文化庁の公式名称ではこの像は迷企羅(メキラ)大将像になっています。)
午前中から奈良国立博物館で西大寺所蔵の舎利塔を撮った後、午後3時過ぎから閉門後の6時前まで薄暗い堂内で、蛍光灯の光のみで撮りました。(ほんとうは、お堂の扉を少しだけ開けさせてもらって自然光で撮ってみたかったのですけれど・・・)それでも従来の大型カメラによるフィルムでは撮影は不可能だった条件下でも、今のデジタルカメラなら結構簡単に撮れてしまいます。そのうえパソコンにつなげばシャッターを押したほんの1~2秒後には、今撮った写真の画像が液晶画面に映し出されるので、すぐさま画像をチェックできます。そして修正すべきところはすぐに修正してまたシャッターを押して、再び画面でチェックすればいいのです。それをなんどか繰り返しながらずんずんと詰めるように納得のいく画像に仕上げていくのです。本当に便利になったものです。そして安心です。フィルムのときなら現像があがるまでいつも一抹の不安をかかえていたものなのですが・・・。
ですので、私はこの2年ほど、フィルムでの撮影は全くしなくなり、この便利で安心なデジカメに頼りっきりです。
でもしかし、最近、デジカメに切り替えたことでちょっとマズイなと思うことがあるのです。それは、モノをしっかり見ることなく、とりあえずまずシャッターを押している自分に気づくことがときどきあるということです。私のように特に美術品やモノを多く撮影する者にとっては、これは致命傷にもなりかねません。
デジタル撮影によって、私自身、今までにない新たな表現も生まれてくることを実感しつつあることは確かです。でもそれと同時に、それによって見失う危険性をはらむ大事なこともあることを、忘れてはならないと思っています。(六田知弘)

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2010.02.10 長江惣吉さんの曜変

瀬戸に住む陶芸家、長江惣吉さんの曜変(天目)茶碗については、このトピックスでもこれまでに2回ほど紹介しました。いよいよ今年、それを世に問うときが来たようです。
まず、その曜変再現の技術的な事を専門誌に発表し、再現までの親子二代の取り組みの過程も雑誌に発表します。そして作品を展覧会で公開したいと考えているようです。
見せかけだけの再現ではなく、妥協を許さず、あくまでも「本物」を追求してきた長江さんの曜変には「魔」のようなものが潜んでいます。これは、うすっぺらな「自己表現」などでは決して現れえないものに思えるのです。(六田知弘)

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2010.02.03 雪景色

来年版のJALのアートカレンダーの撮影に佐賀県の有田に行きました。福岡空港からの帰り、東京近くまで来たとき、雪のために到着便が混み合っているとのアナウンスがあり、結構長いあいだ羽田上空を旋回していました。その間、機体に取り付けられたカメラで写された機外の様子がモニターに映し出されていたのですが、なにせ夜間の雪雲の中。ライトに照らし出されるのは、機体に猛スピードでぶつかってくる白い雪のシャワーのみ。雪雲の濃密によって画面全体がぱっと白く明るくなったり暗くなったり。モニターが私のまん前にあったし、それなりに揺れたりもしたので、これは現実なのかそれともバーチャルリアリティーなのか良くわからないなと思いながらもしばらくの間、スリリングで非現実的な映像を楽しむことができました。
今自宅でこれを書いていますが、窓から見えるのは久しぶりの雪景色。近くの広場には、昨日子供たちが作ったのか、高さ1メートルもあろうかと思われる大きな雪だるまが青空のもとでぽつんと所在なげに立っているのが望めます。(六田知弘)

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2010.01.27 石の波間で

崩壊して石のブロックが山のように積み重なったカンボジアの遺跡の写真のテストプリントを、ここのところ続けてやっています。
これだけ膨大な量の石を見ていると、ほんとうに大海原の石の波間をひとり必死で泳いでいるような気分です。
溺れてしまわないよう気をつけなけながら、何かそこで見出すことができればと思っています。 (六田知弘)

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2010.01.20 クメール仏

暮れから1月半ばまで三越本店で開催されていたアンコールワット展には、無料で入場できるカードがあったので、私はなんと4度も足を運んでしまいました。以前も日本に来たことのあるあの私の大好きなジャヤバルマン7世の頭部やその亡き王妃をモデルにしたといわれるプラジュニャーパーラミタ、そして、三島由紀夫の戯曲にも出てくるライ王とも閻魔大王ヤマ天ともいわれる大像などの非常に有名な彫刻とともに、上智大学アンコール遺跡調査団が発掘したバンテアイ・クデイ出土のものなど、結構充実した展示内容でした。
ただ、会場が狭いせいか、図録に載っていても展示されていないものもいくつかあったことと、以前日本で見たのと同じ作品が多すぎたこと、そして彫刻に当てるライティングが腹立たしいほどひどかったことが残念だったのですけれど・・・。
でも、石像が主だったのでガラス越しではなくて極めて近くまで近づいてそのディテールや背部も見ることができ、同じ時代の同じ様式のものでもその砂岩の石質が思ったより多様だということ(もちろん同じ石質でも仕上げによっても随分印象が違います。)、風化や経年変化の状態もまちまちであること。そして彫刻の技術的レベルもピンからキリまであることなど、いろいろと勉強させてもらいました。
それにしても、仏教を興隆させたあのジャヤバルマン7世の時代(バイヨン期)のロケシュヴァラ(観音菩薩)やプラジュニャーパーラミタそしてナーガ上の仏陀の、瞑想するように、あるいは思い悩むかのように目を閉じた尊顔の、口元にうかべる微笑みはなんなんでしょう。ロケシュヴァラはジャヤヴァルマン7世を、そしてプラジャニャーパーラミタは若くしてなくなった王妃に似せて作られたといわれています。チャム軍との戦いにあけくれ、クメールの領土を最大まで広げたジャヤヴァルマン7世は数しれないほどの巨大な仏教寺院を次々と建立しました。そして、それにより国力が逆に衰退したのだといわれるほどです。また、王妃ジャヤラージャデーヴィーは、王の勝利を祈願して仏教の修行に身を焦がし、戒律遵守のためにやせ衰えて、王の凱旋後の戴冠式の直後に亡くなったのだとされています。ジャヤヴァルマン7世にとって仏教とはなんだったのか。そして、なぜ仏の顔を自分の顔に似せてつくらせたのか。私はぼんやりと考えながら王や王妃の肖像でもある仏たちの尊顔を人ごみにまぎれながら仰ぎ見ていました。 (六田知弘)

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2010.01.13 モノの波動の記録

ここのところ毎日のように、昨年末から今年初めにかけて撮ったカンボジアと吉野の写真の整理をしています。
撮影していたときのことを思い浮かべながら数千枚を越える画像を見続けているうちに、両者に対する私のスタンスが結構似ているなと思いました。
上手く言葉では言い表すことができないのですが、人間と自然、そしてそこに時間という触媒のようなものが加わって反応し、そこに新たな性質を持ったモノが生じる。そのモノからは独特の匂いというか、気配というか、ある一定の波長を持った波動のようなもの発せられる。私はその波動のなかに一つの受信機となって身を置き、そこから受け取ったものをカメラによって記録する。
これを少し意識して続けてみようと思います。(六田知弘)

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2010.01.06 大和の正月

年末から年始にかけて、帰省を兼ねて奈良県南部と吉野地方を撮りました。
1月5日は風花が舞い、時おり強風が吹く寒い一日でしたが、ほかはいかにも正月といった穏やかな日和でした。
大和は私の原点。
写真を始めたときから撮り続けているテーマですが、逆に原点ゆえにそう易々とそのコアまでは掴まえさせてはくれません。
木の枝いっぱいにぶらさがった渋柿を苦々しく思いながらもレンズを向けています。
しかしこのままだらだらと撮っていてもどうにもならないので、2~3年のうちにはひとつまとめるつもりでやってみようと思っています。
2010年。よい年になりますように。(六田知弘)

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